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長野県青木村にある令制東山道浦野駅の枝垂れ桜が見事!

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うみのなかでございます。

いただいた紫陽花の芽がふくらんできました〜どうやら根付いたようです。植物は思う以上に強いので、植え替えのときに掘った場所に先に水を入れてから苗木と土を被せると大抵は根付きます!

今回は青木村にある枝垂れ桜と令制東山道浦野駅の紹介です。この時期は視界に入るもの、肌で感じるものがとても心地良いです。近くには国宝大法寺もあるので、歴史好きには嬉しい通り道かもしれません。

令制東山道浦野駅

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日本の律令制における広域の行政区画が五畿七道です。五畿とは大和、山城、摂津、河内、和泉の五国、七道は東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道です。青木村を通る東山道は七道の1つ、そして駅(うまや)とは人馬を常備していた場所になります。

 8世紀初頭に開設された東山道は、大和朝廷の東北経営の動脈であり、五畿七道の中でも金銀を産出する豊かな国でありました。

 都と地方を結ぶ七道には、必要な人馬を常備する駅がおかれました。馬の頭数は養老律令(757)の「厩牧令」に七道の幹線道路を大路・中路・小路に分けて駅毎に馬の数が決められていました。

 太宰府への山陽道は大路で30頭、東海・東山道は中路で10頭、北陸・山陰・南海・西海道は小路で5頭でした。しかし難路の保福寺峠(1340m)を控える浦野駅と錦織駅は15頭と決められていました。信濃国府に隣接した浦野駅はどこにあったのか。東山道研究の権威、故一志茂樹博士は「本宿」の地名を発見し、浦野駅の中心地は当郷の岡石地区と想定したのです。

 昭和50年(1975)に圃場整備事業の対象地となり、春と秋に緊急発掘調査が実施されましたが、縄文時代から鎌倉時代の土器および須恵器や土師器の遺物が多数発見されるに留まり、調査地点からは駅跡の存在を示す遺構や遺物は発見されませんでした。

田園空間博物館

遺物が発見されていないので、やはり推定ということになりますが、ここには江戸時代の庚申塔があり、枝垂れ桜の様相からしても、人の流れが盛んだったことが想像できます。令制東山道浦野駅(りょうせいとうさんどううらののうまや)には青木村や信濃を通った東山道を示した看板もあります。

浦野駅の枝垂れ桜

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基本的には江戸彼岸(エドヒガン)という品種の枝垂れているものが枝垂れ桜です。他にもベニシダレのように花が紅色のタイプもあります。樹齢は定かではありませんが、枝を支えるために支柱を設けているのと、庚申塔があるのを見ると、かなりの月日を感じられ、昔はこの桜の下で酒盛りをしていたのかも?想像できます。浦野駅のベンチに座り、枝垂れ桜を眺めながらひと息つくとかなりホッとします。枝垂れ桜ではなくソメイヨシノも7本ほどあるので、おすすめです!

浦野駅と枝垂れ桜の場所

飯縄神社とヒラハシ製作所の間にある三角形の場所です。駐車場はありませんが、道の駅あおきから車で5分もかかりませんので、お越しの際は道の駅あおきから徒歩で散策するのも良いと思います。

まとめ

淡い色の桜は春の訪れをとても静かに教えてくれる気がします。この時期は民家でユキヤナギ、レンギョウ、サンシュユなども多く花を咲かせています。もう少しすればリンゴの花が咲きますが、春の始まりが遅い分、ばっと咲いてばっと咲き終わる印象です。

ぜひ一度お越しください!では!